弁護士 浅野 由花子
「配偶者の様子がおかしいと思い、携帯電話を確認したところ不貞が発覚した」
不貞慰謝料のご相談では、このようなお話を伺うことが少なくありません。
もっとも、ご自身で証拠を収集した後になって、「この証拠の集め方は違法ではないのか」「せっかく見つけた証拠が裁判で使えなくなるのではないか」と不安を感じる方もいらっしゃいます。
不貞とは、一般に「配偶者のある者が、自由な意思に基づいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと」を指すと解されています。
そのため、不貞慰謝料請求では、不貞当事者の性的関係を裏付ける証拠確保が重要です。
しかし、不貞関係は通常、秘密裏かつ極めて私的な空間で行われ、直接的な証拠取得は困難です。 また、不貞行為の立証のため、客観的証拠の取得が重要であるため、メールやSNSのやり取りの証拠を押さえたり、探偵による調査結果を用いたりすることも珍しくありません。
このように、証拠収集の過程でプライバシー侵害の問題が生じやすい特徴があります。
プライバシー権は、「私生活上の情報をみだりに開示・収集されない利益」と説明されます。
裁判例では、以下の要素が挙げられています(昭和39年9月28日東京地裁判決)。
プライバシー侵害が不法行為に当たるかは、「私生活上の情報をみだりに開示・収集されない利益」と「情報を収集・利用する目的の正当性や必要性」を比較衡量して判断されるとされています
(平成6年2月8日最高裁第三小法廷判決等)。
その際には、次のような事情が考慮されます。
証拠収集がプライバシー侵害その他違法行為にあたりうる場合、主に次の二つの問題が生じる可能性があります。
本来は不貞慰謝料を請求する立場であっても、プライバシーを侵害され精神的苦痛を受けたなどとして、不貞配偶者や不貞相手から逆に損害賠償請求を受ける可能性があります。
そして、証拠収集方法について厳しく追及されることで、慰謝料請求そのものを断念してしまう方もいらっしゃいます。
証拠収集に関する慰謝料請求については以下のような判例がありました。もっとも、違法な証拠収集に基づく慰謝料は低額にとどまる傾向にあります。
令和7年1月31日札幌高裁判決(控訴審)令和6年3月22日旭川地裁判決(原審)
この判決では、
- ①探偵業法は尾行・張込み等を無条件に適法化するものではなく、他人の権利利益を侵害する行為は許されない。
- ②GPS機器により本人の承諾なく位置情報・移動履歴を継続的かつ長期間取得する行為は、プライバシー侵害の程度が大きく、不法行為に当たる。
- ③敷地内は公道上からも視認することができる場所である上、不特定多数人が出入りすることのできる一般に開かれた場所であったとしても、 GPSで所在を把握した上で行われたホテル敷地内での撮影であり、GPS設置・位置情報取得と一連の行為としてプライバシー侵害に該当する。
- ④車両が夫婦共有財産であったとしても、一方配偶者の位置情報や移動履歴という固有のプライバシーを侵害することは正当化されない。
として、探偵業者に対し、不貞当事者双方へそれぞれ22万円の慰謝料支払いを命じました。
令和4年9月6日東京地裁判決
この事案では、
不貞当事者のLINE内容を入手し、一部の関係者(相談相手や弁護士等)に知らせた事実は認められるが、不特定多数に公開・公表した事実は認められない。 プライバシー侵害の成否は、事実を公表されない利益と公表する理由との比較衡量によって判断されるが、配偶者の不貞の有無を確認する目的で限られた関係者に相談したものであり、 その動機・目的には相応の合理性が認められる一方で、情報が拡散される蓋然性が高いとまではいえない。不貞当事者のプライバシー利益よりも他方配偶者が情報を共有した理由が優越する
と評価され、不法行為としてのプライバシー侵害は成立しないと判断されました。
※SNSへの暴露は特に注意
証拠や不貞の事実を、SNSで公開する、不特定多数に拡散する、関係者へ大量送信するといった行為は、プライバシー侵害や名誉毀損として責任を問われる可能性があります。
実際に、不貞慰謝料請求を認める一方で、不貞当事者側からの慰謝料請求も認容した裁判例が存在します。 感情的になって情報を拡散することは避け、証拠は弁護士への相談や裁判手続のために限定して利用することが重要です。
刑事訴訟では違法収集証拠排除法則がありますが、民事訴訟では証拠能力を制限する明文規定は存在しません。 もっとも、証拠収集方法が著しく反社会的な場合には、例外的に証拠能力が否定されることがあります。
昭和52年7月15日東京高裁判決
ところで民事訴訟法は、いわゆる証拠能力に関しては何ら規定するところがなく、当事者が挙証の用に供する証拠は、一般的に証拠価値はともかく、 その証拠能力はこれを肯定すべきものと解すべきことはいうまでもないところであるが、 その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、 それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである。
平成10年5月29日東京地裁判決
当該証拠の収集の仕方に社会的にみて相当性を欠くなどの反社会性が高い事情がある場合には、 民事訴訟法二条の趣旨に徴し、当該証拠の申出は却下すべきものと解するのが相当である。
令和5年12月7日大阪地裁判決
無断録音というだけで、原則として直ちに証拠能力が否定されることはないというべきであるが、 当該証拠の収集の方法及び態様、当該証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、 当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則に反するといえる場合 には、例外として、無断録音の証拠能力が否定されると解するのが相当である。
違法収集証拠については上記のような考え方が判例では示されていますが、実際に不貞の証拠収集がどの程度まで許容されるかは、 個別具体的な事情や、裁判官の評価によっても異なり、また事例も少ないため、一概には言えません。
しかし、不貞証拠の入手困難性や権利実現といった目的の正当性をふまえると、以下のように、全体としては証拠能力が肯定される傾向にあるといえます。
(上記平成10年5月29日東京地裁判決)
夫が陳述書原稿として弁護士に提出したと思われる手記で、不貞相手が、夫と別居後に夫方に侵入してこれを入手し、 妻を介して妻代理人に渡した大学ノート。依頼者と弁護士の間の文書の密行性、入手方法の反社会性などが問題視された
(平成21年12月16日東京地裁判決)
離婚調停中に不貞についてのメールのデータ入手。 夫の実家に面接交渉で来ていた長男がおもちゃ代わりに持っていた妻のスマホを夫が操作したところ、たまたまただならぬ内容の本件メールの一部が出てきたので、 携帯電話のチップを外し夫のパソコンに差し込んでそのデータ全部をコピーした
このような本件メール及びそのデータの入手や利用が妻あるいは不貞相手の承諾その他これを正当とする理由に基づくものでないことは明らかであり、 その入手方法の違法性は刑事上罰すべき行為と実質的に同等に重大なものであるといえる。
このことは、妻が長男に携帯電話をおもちゃ代わりに使わせていたこと、夫が携帯電話を操作したのはメールを探索するためではなく、 メールはたまたま発見されたにすぎないこと、メールはパスワード等によって保護されていなかったこと(夫はかつてはパスワードがあったと主張している。)、 夫がチップをデータのコピー後速やかに携帯電話に戻したことなどによって正当化されるものではない。
と判示した。
不貞証拠の収集は慰謝料請求にあたり極めて重要な要素となります。一方で上記のとおり、あまりに過剰といえる証拠収集を行うと、 それ自体について慰謝料を請求されたり、かえって証拠能力が否定されるリスクがあります。
犯罪行為にあたるような証拠入手方法や強度のプライバシー侵害となりうるような証拠収集については控えることが望ましいと言えるでしょう。
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