すこし予定を変更して、トリエント公会議で実際に決議されたカノン法をご紹介する前に、婚姻に関して当時どのような問題が議論されていたのかについて先にお話ししておくことにしたいと思います。

まず、トリエント公会議では、プロテスタントに対抗して、婚姻が秘蹟のひとつであることが確認されました（1547年第7回総会）。さらに、親の同意のない秘密婚の有効性についても議論されます。公会議に派遣されていた各国代表の貴族たちは、両当事者の合意だけで成立した婚姻や婚姻目的に誘拐された末になされた子の婚姻など、親の意にそわない婚姻を無効にするよう聖職者たちに圧力をかけていました。

この頃、フランスではモンモランシー事件がおきます。モンモランシー大元帥の息子は、オランダで捕虜となっていたときに下級貴族の娘と親の同意なく婚姻しました。フランス国王アンリ二世の非嫡出の娘と自分の息子を結婚させようとしていた大元帥は、息子の帰国後に秘密婚を知って、ローマ教皇パウロ四世に息子の婚姻を無効とみなすよう訴えます。しかし、カトリック教会としては12世紀以降ずっと婚姻は合意のみで結ばれると言ってきたところでもあり、さらに親の同意のない秘密婚の有効性については公会議でまだ正式な決議をへていませんでしたから、教皇は判断をためらいます。

そこで、国王アンリ二世は、公会議の決議を待たず、国王立法で親の同意のない秘密婚を無効にしようとします。こうして、フランスでは1556年2月「秘密婚に対抗するための勅令」が出されました。この勅令の規定では、秘密婚を防ぐため、親の同意のない秘密婚を取り交わした子に相続廃除（相続権を失わせること）のペナルティを負わせ、このような婚姻を有効であるとは認めない内容になっています。このときから、フランスでは親の婚姻同意権は子の婚姻の成立を左右するひとつの要件となったのです。

最後に、モンモランシー事件の顛末をお話ししましょう。モンモランシー大元帥の息子は父権にたいしてあっさりと譲歩し、大元帥の息子と婚姻していた娘ジャンヌは修道院に送られてしまいます。そして、ついにローマ教皇が自らの意見を明らかにします。教皇の判断は、婚姻は娘自身がこれを放棄したということをもって無効とされるとするものでした。1557年5月4日、モンモランシー大元帥の息子フランソワと国王アンリ二世の娘ディアーヌは盛大に婚姻を挙行します。

一方で、修道院に送られた娘の悲しい運命を想うと、婚姻が有効に成立するための要件を法律としてきちんと手当てしておき、これにのっとって取り交わされた婚姻についてはきちんと保護するしくみを整えておく必要性を感じます。と同時に、婚姻の成立をどのように証明するかということも大きな問題です。両当事者の合意のみで成立した秘密婚にはこの点で大きな弱点がありました。では、これらの問題もあわせて、次回こそはトリエント公会議で決議されたカノン法を見てみることにしましょう。
 

【写真】リュクサンブール公園と黄色い花

フランスの国会は、国民議会と元老院からなる二院制をとっています。フランスには国会議事堂と呼ぶべき建物はありませんから、国民議会と元老院とは別の場所にあります。国民議会はセーヌ川をはさんでコンコルド広場の対岸にあるブルボン宮殿、元老院はリュクサンブール宮殿を議場としています。では、憲法改正手続のために両院合同会議（コングレ）が行われるときにはいったいどうしているのでしょう。残念ながら、パリ市内には両院の議員を全員収容できるような施設はありません。ですから、そのような場合には、パリ郊外にあるヴェルサイユ宮殿で開催されることになっています。

土志田 佳枝（名古屋総合法律事務所事務員）
【論文】
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻（一）フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集240号（2011年）101－157頁
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻（二・完）フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集241号（2011年）55－105頁